2017年3月9日木曜日

GAHT裁判に日本政府が意見書

 アメリカ・グレンデール市に設置された、日本軍「慰安婦」被害者の記念碑「少女像」の撤去を求めて「歴史の真実を求める世界連合会」(GAHT)がグレンデール市を訴えていた裁判のうち、連邦裁判所を舞台とする訴訟は一審・二審とも原告敗訴に終わり、GAHTは今年1月に連邦最高裁に上告していました(GAHTサイト内「2017年 念頭のご挨拶」)。

 ところが、日本政府がこの訴訟に、GAHTの主張を支持する第三者意見書を提出するというかたちで関与したことが明らかとなりました。この関与を伝える日本の報道は以下のとおりです。

・『朝日新聞』 2017年2月27日 政府、米慰安婦像訴訟に異例の意見書「上告認めるべき」
 米ロサンゼルス近郊グレンデール市に設置された旧日本軍の慰安婦を象徴する「少女像」をめぐり、米在住の日本人が撤去を求めた米国の訴訟=一・二審は原告敗訴、上告中=で、日本政府が米連邦最高裁判所に「上告が認められるべきだ」とする第三者意見書を提出していたことがわかった。在外日本人が起こした訴訟での意見書提出は異例だ。
・『産経新聞』 2017年2月25日 米グレンデール慰安婦像撤去訴訟、日本政府が米最高裁判所に審理求める意見書提出
 米カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦像の撤去をめぐり、地元の日本人たちが米連邦最高裁での上告審を求めていることについて、日本政府が「請求は認められるべきだ」との見解を表明した意見書を連邦最高裁に提出したことが24日、分かった。日本政府が連邦最高裁に第三者意見書を提出することは異例。米国内で相次ぐ慰安婦像・碑の設置に関し、日本政府の意見表明の機会になると判断したようだ。
・『産経新聞』 2017年2月25日 日本政府が異例の対応 米地方自治体の介入看過できず、慰安婦像撤去訴訟で
 2014年2月から続く米カリフォルニア州グレンデール市の慰安婦像撤去訴訟で、日本政府が米連邦最高裁に第三者意見書を提出する異例の対応に乗り出した。米地方自治体が慰安婦問題に関し、連邦政府の専管権限である外交方針と異なる動きをするだけでなく、日韓間で政治問題化している慰安婦問題に介入することを、看過できないと判断したとみられる。
・NHK NEWS WEB 2017年2月28日 政府 米での慰安婦像撤去裁判 上告認めるよう意見書
アメリカ・ロサンゼルス近郊に設置された、慰安婦問題を象徴する像の撤去を求めて、日本人住民らが上告した裁判をめぐり、日本政府は連邦最高裁判所に対し、「像の設置はアメリカ政府も支持する日韓合意の精神に反する」などとして、上告を認めて審理を行うよう求める意見書を提出しました。
以上、いずれも記事のリード文のみ引用しました。朝日と産経がともに「異例」の措置であることを伝え、特に産経は意見書提出を歓迎する姿勢を明確に打ち出しているのに対し、NHKは「異例」という評価は行わず、結びの段落では日本政府の狙いについて伝える記事となっています。この他、『時事通信』『日本経済新聞』が事実をごく簡単に伝える記事を掲載しています。

 従来も日本政府は海外での右派の「歴史戦」活動を支援する動きを見せていましたが*、ここまではっきりと踏み込んだ関与を行ったのは特筆すべきことだと思われます。外務省公式サイトでもこの意見書が公表されています。GAHTなどとの連携はもはや水面下で行われることではなく、公然と行われる活動として位置づけられるようになったわけです。この意見書に関するGAHTサイドの声明はこちらです。

 歴代内閣が踏襲してきたいわゆる河野談話には、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」という一節があります。この「決意」を前提とすれば、日本軍「慰安所」制度の被害者を記憶するための活動はむしろ日本政府としても歓迎すべきことであるはずです。

 グレンデール市などで行われている「慰安婦」モニュメントの建立を「日本の名誉を貶める運動」であるとするGAHTの主張は、日本軍「慰安所」制度が女性に対する重大な人権侵害であること、また当時の日本政府と日本軍がその責任を負うべきであることを否認する、歴史修正主義的な認識を前提しています。安倍政権は河野談話やアジア女性基金を対外的な弁明に利用する一方で、国内的にはGAHTと同じような歴史修正主義的認識を披露してきました。今回の意見書提出は、安倍政権がそうした歴史修正主義への加担をアメリカの司法という場でも行ったことを意味します。これは単に「異例」な措置であるだけでなく、正義に反する行いであり、2015年末の日韓「合意」の欺瞞性を示すものでもあると言わねばなりません。

* この点については、山口智美、能川元一、テッサ・モーリス−スズキ、小山エミ『海を渡る「慰安婦」問題―右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店、2016年)の第2章(小山)と第4章(山口)を参照されたい。

(文責:能川 元一)


 

2017年3月8日水曜日

「歴史戦」報告

 遅くなりましたが、2016年11月23日に開催した読書会についての報告をさせていただきます。

 この日は2016年6月に岩波書店から刊行された『海を渡る「慰安婦」問題―右派の「歴史戦」を問う』について、著者の一人である能川が報告するというかたちで進行した。同書では1997年ごろから近年までの歴史修正主義運動をとりあげたが、当日の報告では主に近年の動きに重点を置き、民間の動きと安倍政権との共同歩調ぶりについても確認した。
 また、カナダでの在外研究から帰国したばかりの金富子氏からは、日本軍「慰安婦」問題をめぐる現地の事情について報告していただいた。

 以下に能川の当日配布資料を転載する。これは斉藤正美、山口智美と能川の3名で作成した年表をベースに、2010年以降の事項に絞ったうえで項目を追加したものである。


「歴史戦」をめぐる近年の動き


201010月 アメリカ、パリセイズ・パークに「慰安婦」碑設置

20113月 山本優美子*、「なでしこアクション」での活動開始

20112月 「テキサス親父」日本事務局設置

20118月 韓国憲法裁判所、「慰安婦」問題に関する政府の不作為を違憲とする決定

201112月 ソウル日本大使館前に「平和の碑」(少女像)設置

20124月 岡本明子「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」(『正論』)

201211月 “Yes, We Remember the Facts” 広告掲載。安倍晋三らが賛同

201212月 第二次安倍政権発足
中西輝政「現代「歴史戦争」のための安全保障」(『正論』)

20132月 これ以降、全国各地で右派団体による「慰安婦」パネル展が開催されるようになる

20134月 『正論』、初の「歴史戦争」特集

20137月 アメリカ、グレンデールに「慰安婦」像設置
              「「慰安婦」の真実国民運動」結成

20141月 「論破プロジェクト」(幸福の科学)、フランスのアングレーム国際漫画祭での展示を画策

20142月 「歴史の真実を求める世界連合会」(GAHT)、「慰安婦」像の撤去を求めてグレンデール市を提訴
              在外日本大使館、領事館が「歴史問題を背景とした、いやがらせ」についての情報募集を開始
              植村バッシング、この頃より激化

20143月 自民党、「国際情報検討委員会」発足

20144月 オーストラリアでの「慰安婦」像設置への反対運動

20144月 『産経新聞』紙上で連載「歴史戦」開始

20146月 中国政府、ユネスコ「世界の記憶」に南京大虐殺関連資料、「慰安婦」関連資料を登録申請
              安倍内閣、河野談話作成過程の検証報告書を発表

20147月 国連自由権規約委員会に右派が代表団を派遣

20148月 『朝日新聞』、過去の「慰安婦」報道記事の一部を撤回
              藤岡信勝「次に取り消すのは「南京大虐殺」だ」(『WiLL』)

20149月 菅官房長官、クマラスワミ報告書について「遺憾」と発言
自民国際情報検討委員会、「性的虐待も否定された」などとする決議

201412月 外務省がマグロウヒル社の歴史教科書執筆者に「慰安婦」問題の記述変更を要求

20151月 「朝日新聞を糺す国民会議」(『頑張れ日本!』系)、朝日新聞を提訴

20152月 朝日グレンデール訴訟(日本会議系)
              朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会(長:中西輝政)報告書
              菅官房長官、GAHTの訴訟について「慰安婦像などの設置は、わが国政府の立場やこれまでの取り組みと全く相いれないもの」「原告の関係者を含む在留邦人とは、わが国の総領事館幹部を通じて緊密に連携を取っている」と記者会見で発言

20153月 高橋史朗、山本優美子らが参加した「テキサス・ナイト in NYC」開催
「一九人の日本人歴史家有志」によるマグロウヒル社への訂正勧告
別冊『正論』第26号「「南京」斬り

20154月 日本戦略研究フォーラム定例シンポジウム「『歴史戦』をどう闘うか」

20155月 海外の日本研究者等による「日本の歴史家を支持する声明」発表

20157月 高橋史朗、パリのユネスコ日本代表部を訪問、中国の登録申請に関して「協議」

20158月 「慰安婦に関する米学者声明への日本の学者からの返答」
              この頃から海外の研究者に右派が英文文献を送付する動きが活発に

20159月 高橋史朗「《南京30万人虐殺》に加えて《慰安婦40万人》:大虚説を掲げる中国の世界遺産申請を許すな」(『正論』)

201510月 南京大虐殺関連資料、「世界の記憶」に登録

201511月 高橋史朗「「大虐殺」登録…歴史戦争の敗北はなぜ繰り返されたか」(『正論』)
              『毎日新聞』、日本政府がユネスコに提出した意見書の執筆者が高橋史朗であることを報道

201512月 日韓外相会談、「慰安婦」問題に関する「合意」

20162月 杉田水脈、山本優美子ら国連女子差別撤廃委員会を傍聴
              杉山外務審議官、政府報告審査で「強制連行」「性奴隷」否認発言、朝日の「誤報」に責任転嫁

20165月 日本軍「慰安婦」関連資料、「世界の記憶」に登録申請

20167月 高橋史朗「「南京」の二の舞いは許されない 世界記憶遺産「慰安婦」共同申請資料の欺瞞」(『正論』)

20169月 高橋史朗「昭和天皇がレイプの主犯だって!?やっぱりヒドい世界記憶遺産の申請文書」(『正論』)

201610月 高橋、西岡力ら『歴史認識問題研究会』発足。顧問に櫻井よしこら
* 文中敬称略
(文責:能川 元一)