しかし『帝国の慰安婦』はこの通説に挑戦している。「性病防止などが慰安所を作った第一の理由に考えられているが、それはむしろ付随的な理由と考えられる」(31ページ)とか、「おそらく、軍慰安所の第一の目的、あるいは意識されずとも機能してしまった部分は、高嶺の花だった買春を兵士の手にも届くものにすることだった」(41ページ)、「女性が家のこまごまとした仕事をして、男たちがまた会社に出て働ける役割を受け持つように、軍人たちが戦争をしている間、必要なさまざまな補助作業をするように動員された存在が慰安婦だったのである」(71ページ)、あるいは「戦争開始後に軍が主導的に作った慰安所は、最初は性病防止などという至極現実的で殺伐とした目的から作られたようだが、時間が経つにつれて、身体以上に心を慰安する機能が注目されたのだろう」(85ページ)、といった具合である。
その目的の一つは明らかに、朝鮮人「慰安婦」とそれ以外の「慰安婦」を峻別する本書の基本的態度を正当化することにある。「中国人女性たちは擬似日常の役割はしても、〈故郷〉の役割はできなかったはずで、厳密な意味では『慰安婦』とは言えない」(45ページ)という一節が朴裕河氏の狙いを端的に表現している。すなわち、「慰安所」の第一の目的を“擬似日本”の提供であるとし、この目的に照らして朝鮮人「慰安婦」と非朝鮮人「慰安婦」とを区別し、前者については「日本兵士との関係が構造的には『同じ日本人』としての〈同士的関係〉だった」(83ページ)と主張するため、である(注)。
問題は、例によってこの主張には史料的根拠が欠けているという点である。著者が援用する元「慰安婦」の証言などは、「慰安所」が結果として果たした役割について教えてくれることはあるにしても、軍中央が「慰安所」の設置という方針を選択した理由については事情が異なる。ところが上記引用が示すように、著者は軍の意思にまで踏み込んで通説を否定してしまっているのである。(なお、軍「慰安所」設置の目的についての通説に反する主張を行う際に、明治時代の事情について記述した文献を根拠とするという時代錯誤についてはこちらを参照されたい。)
朴裕河氏が高く評価し、また大きく依拠している千田夏光の『“声なき女”八万人の告発−−従軍慰安婦』(文庫版は『従軍慰安婦』)は繰り返し「性病の予防」という目的を強調しているだけに、これは奇異なことと言わねばならない。先に述べたような著者の意図からすれば「慰安所」が結果として果たした機能について論じれば十分であり、設置目的についての通説に挑戦する必要はないように思えるからである。
『帝国の慰安婦』に「性病の予防」という「慰安所」設置の目的を否定、ないし過小評価する動機があるとすれば、それはおそらく同書が「『慰安婦』=『少女』とのイメージ」(61ページ)を破壊しようとしていることと関係があるのだろう。同書65ページには次のような記述がある(106ページにも類似の記述がある)。
そして、朝鮮人慰安婦の中に少女が存在したのも、日本軍が意図した結果というより、「強制的に連れていった」誘拐犯たち、あるいは同じ村の者でありながら、少女がいる家の情報を提供した協力者たちの意図の結果と見るべきだ。(……)なぜそう「見るべき」なのか、例によって史料的根拠は皆無である。もちろん、既婚者に比べれば未婚者を誘い出す方が容易だとすれば、少女に目をつけることは業者にとっても合理的だったろうが、そのことは日本軍の「意図」とは別問題である。千田夏光は有名な麻生徹男軍医の意見書を詳しく引用しているが、周知のようにその意見書では性病防止の観点から売春歴のない、若い女性が「慰安婦」に適しているという主張が展開されているのである。性病防止を「慰安所」設置の目的とする通説は日本軍が若い女性を望む動機をもっていたことを推察させるから、著者にとっては不都合であり、それゆえに否定されねばならなかったのではないだろうか?
たしかに「『慰安婦』=『少女』とのイメージ」は公娼・私娼から「慰安婦」に転じた女性たちの存在を見えにくくするという問題を孕んでおり、このイメージを相対化しようとする著者の意図そのものは理解できないわけではない。しかしその相対化の作業はやはり実証的に行われねばならないはずである。なんの根拠もなく通説を否定して、軍が若い女性を動員する動機を持っていたことを隠蔽することは到底許容できる方法ではない。なお『帝国の慰安婦』が史料のずさんな利用によって「慰安婦」の年齢を実態よりも高く見せかけていた事例については別に指摘しておいた。
(文責:能川 元一)
注:同書における植民地/占領地の二分法がはらむ問題については、別稿を準備中である。