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2015年2月12日木曜日

熊谷奈緒子『慰安婦問題』についての補足:「冷静な議論」とは?

本稿は「読書会のまとめ」に対する能川元一による補足です。


 本書の帯には「冷静な議論のためにいま何が必要か?」という、またカバー見返しにも「冷静な議論のための視点を提供する」との謳い文句が記されている。この文言そのものは著者に帰責できるものではないだろうが、本書がどのような文脈で受容されることを目指して企画されたのかをうかがうことはできる。すなわち、「慰安婦」問題を巡っては冷静でない議論が行われているという認識を前提とした文脈、である。すべてのアクターが「冷静」に議論しているという認識のもとでは「冷静な議論のために……」は謳い文句たり得ないからである。では、「冷静でない」議論をしているのは誰なのだろうか? これについては、著者自身が(少なくともそうしたアクターの一部を)明らかにしている。2014年12月30日の『朝日新聞』でのインタビューにおいて熊谷氏は「法的補償を求める韓国や日本の一部団体は『道義』という言葉を「責任逃れ」と拒否するかもしれないが、法も超越した倫理観としての道義と、それに基づくお詫びの姿勢を冷静に見てほしい」(下線は引用者)と語っているからだ。

 まず頭に浮かぶのは、熊谷氏がいったいどのようにして「韓国や日本の一部団体」のメンバーの(あるいは「冷静でない」議論をしているその他のアクターの)心理状態を知り得たのか、という疑問である。仮に著者の観点から見たとき「韓国や日本の一部団体」の主張に誤りなり偏りなりがあるとして、それが「冷静さ」の欠如に由来すると判断した根拠は何なのだろうか? 本書にはその根拠らしきものは見いだすことができない。見解を異にする者の主張に対して具体的な根拠なしに「冷静でない」というレッテルを貼るのが建設的な議論の進め方であるとは思えない。

 しかし本書が「フェミニズム」や「ポストコロニアリズム」の視点を重視していると謳っている[i] 点をふまえるなら、ここには議論が建設的であるか否かを超える問題が孕まれていると考えることもできる。周知の通り、「冷静・理性的/感情的・非理性的」という対比は女性差別と植民地支配を正当化するために常に持ち出されてきたものだからである。「韓国人=感情的」というステレオタイプが今日でもなお根強く生き残っていることは、書店に並ぶ「嫌韓」本やインターネット上のヘイトスピーチを観察すれば容易に知ることができよう。元「慰安婦」を支援する運動の中心を担ってきたのは日韓いずれでも女性たちであったし、日本の「一部団体」には在日コリアンが多数参加している。著者の言うところの「韓国や日本の一部団体」を構成するのは、「感情的、理性的でない」というステレオタイプと戦うことを強いられてきた人々なのである。そうした人々の主張に対して、具体的な根拠なしに「冷静でない」とレッテル張りをすることは、著者が重視しているはずの「フェミニズム」や「ポストコロニアリズム」といった視点への裏切りではないのだろうか?

 本書の記述を一つ、具体的に取り上げてみよう。20ページには「法の支配を貫く日本政府は、請求権問題は解決済みで紛争は存在しないとの立場をとり」とある。ここでは「解決済み」という認識の是非は問うまい。問題は日本政府のこの立場を著者が「法の支配」によって説明しているところにある。「解決済み」という立場をとるにしても、新たな立法措置による被害者への補償は「義務付けられてない」だけであって禁じられているわけではないのだから、仮に日本政府が法的手続きを踏んで補償を行ったとしても「法の支配」に反するところはまったくないはずである。逆に、2011年8月30日の憲法裁判所の判決[ii] をうけて韓国政府(当時は李明博政権)がそれまでの方針を転換したことはなぜ「法の支配を貫く」と評されないのだろうか? 大統領が憲法裁判所の判決に不服だからといってそれを無視するならそれこそ「法の支配」が踏みにじられたことになるではないか。


 “近代的な法意識の欠如”もまた、宗主国が植民地支配を正当化するために用いた「未開人」の表象の一要素であったことを想起せざるを得ない。「フェミニズム」や「ポストコロニアリズム」の視点を重視するというのであれば、差別的なステレオタイプを再生産しかねないような議論の進め方には、もう少し慎重な姿勢が求められよう。




[i] カバー見返しには「民族主義、ポストコロニアリズム、フェミニズムの三つを重ね合わせる多面的な理解の必要性を訴え」とある。ただし「フェミニズム」と比べて「ポストコロニアリズム」という語の方は、本文中ではほとんど用いられていない。もっとも、日本軍「慰安婦」問題の「主要なポイント」の一つとして「日本の戦争植民地責任」が挙げられてはいる(42ページ)。
[ii] この判決は本書では「一九六五年の日韓基本条約及び請求権・経済協力協定において個人の請求権の存否について日韓の間で解釈に対立があるにもかかわらず、それを解決するための手続きを履行していないことは韓国政府の不作為であり、それは違憲であると判断した」と紹介されている(19ページ)。

2015年1月31日土曜日

熊谷奈緒子『慰安婦問題』についての補足:先行研究の扱い方における不備について

本稿は「読書会のまとめ」に対する能川元一による補足です。

 新書という媒体で出版された本書は日本軍「慰安婦」問題について詳しい知識を持たない、一般の読者を主な読者層として想定していると考えられるが、ならばこそ河野談話(1993年)発表以降の研究成果については幅広く目配りをして、読者に日本軍「慰安所」制度についてのより正確な歴史記述を提供することが期待される。『朝日新聞』が「慰安婦」問題報道の一部を撤回したことなどをきっかけに新たにこの問題に関心を持った読者が、2014年に刊行された本書で最新の知見が紹介されていることを期待するのは当然であろう。しかしながら、極めて重要な先行研究のいくつかが本書では完全に無視されてしまっている。
 その代表的なケースとして、永井和・京都大学教授の業績が無視されていることに由来する問題点を指摘しておきたい[i]。 日本軍「慰安所」制度とドイツ軍の軍管理売春制度とを比較した箇所で、同書は秦郁彦の「日本軍の慰安所関与は、輸送関係以外では出先部隊の低いレベルで決定が下され(……)」という主張を紹介している(61ページ)。その直後に広範な範囲に及ぶ「陸軍省、海軍省の関与」を主張する吉見義明の主張も紹介されてはいるものの、「出先部隊」の決定という見解が“諸説の一つ”としてなお有効であるかのように読者は受けとめるであろう。しかしながら永井和が発見した陸達四八号「野戦酒保規定改正に関する件」[ii]は、1937年9月という日中戦争勃発から間もない時点で、軍「慰安所」の設置のために必要な規則改正を陸軍省が行っていたことを示している。同年12月には上海派遣軍の参謀たちが「慰安施設」「女郎屋」の設置を計画し開設に至っていたことは周知の通りである。また、2013年に発見された第35師団の「営外施設規定」[iii]は、「特殊慰安所」の設置根拠規定が他ならぬこの改正野戦酒保規定であったことを示している。もはや「日本軍の慰安所関与は、輸送関係以外では出先部隊の低いレベルで決定が下され(……)」という主張が成立する余地はないものと考えるべきであり、このような主張をことさら紹介することは読者をミスリードするだけであろう。
 また、1992年1月11日に『朝日新聞』が一面トップで発見を報じたことで知られる文書、陸軍省副官発北支那方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒、陸支密第七四五号「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」、通称「副官通牒」の解釈についても永井の業績は完全に無視されている。本書は副官通牒が「悪質な仲介業者を取り締まっていたこと」を示すとする右派の「善意の関与」論と、この文書の発見者たる吉見義明の主張とを併記し、「両者の着眼点と解釈の違いは明らか」だと結んでいる(140-141ページ)。しかしながら永井和は1996年12月に存在が明らかとなった警察資料に依拠して副官通牒を再解釈し、次のように結論している。

 この通牒〔警保局長通牒、内務省発警第五号〕は、一方において慰安婦の募集と渡航を容認しながら、軍すなわち国家と慰安所の関係についてはそれを隠蔽することを業者に義務づけた。この公認と隠蔽のダブル・スタンダードが警保局の方針であり、日本政府の方針であった。なぜなら、自らが「醜業」と呼んではばからないことがらに軍=国家が直接手を染めるのは、いかに軍事上の必要からとはいえ、軍=国家の体面にかかわる「恥ずかしい」ことであり、大っぴらにできないことだったからだ。(中略)
 副官通牒はこのような内務省警保局の方針を移牒された陸軍省が、警察の憂慮を出先軍司令部に伝えると共に、警察が打ち出した募集業者の規制方針、すなわち慰安所と軍=国家の関係の隠蔽化方針を、慰安婦募集の責任者ともいうべき軍司令部に周知徹底させるため発出した指示文書であり、軍の依頼を受けた業者は必ず最寄りの警察・憲兵隊と連絡を密にとった上で募集活動を行えとするところに、この通牒の眼目があるのであり、それによって業者の活動を警察の規制下におこうとしたのである。であるがゆえに、この通牒を「強制連行を業者がすることを禁じた文書」などとするのは、文書の性格を見誤った、誤りも甚だしい解釈と言わざるをえない。[iv]
 永井説に従えば吉見説も一定の修正を迫られることになる反面、「善意の関与」論については成立の余地がなくなるものと考えるべきであろう。管見の限りではこの永井説に対する「善意の関与」論主張者の実質的な反論は存在しないようである。もちろん本書の著者が「善意の関与」論をなお「諸説の一つ」として扱うことができると主張するのであれば、それも一つの立場として尊重されるべきかもしれないが、最低限永井説を考慮に入れたうえでの再検討が必要なはずである。永井説は「善意の関与」論が主張され始めた当時には発見されていなかった警察資料を参照しているという明らかなアドバンテージを有しているからである。
 先行研究が無視されている事例は他にもある。2007年に活性化した「慰安婦」問題に関する議論を紹介している箇所で、「保守」の主張を受けて「実際に狭義の意味での強制連行を示す文書がないからである」と述べている(139ページ)のもその一例である。一般に第一次安倍内閣は2007年に「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」とする答弁書を閣議決定した、と理解されている。しかし正確を期すならば、この答弁書が述べているのは「
同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」ということである(「同日」は河野談話が発表された93年8月5日を指す。下線は引用者)。そして河野談話発表以降も続けられた研究者や市民グループの調査により、「官憲が家に押し入って連行する」ような形態での「強制連行」を示す文書が、主に戦後の戦犯裁判資料から複数発見されているのである[v][vi]。
 注目すべきは、いずれの場合も河野談話発表以降の研究成果を無視することが(著者の言うところの)「保守」に有利な政治的効果を発揮している点である。「保守」と「リベラル」の主張を両論併記してみせる……これが本書において「客観性」を演出するための手法の一つである。しかし「保守」の日本軍「慰安婦」問題に関する言説は、「吉田清治証言」や「慰安婦と挺身隊の混同」といった90年代初めの話題に執着することで論点を「強制連行」に矮小化することを基本的な戦略としている。本書において河野談話(1993年)以降の重要な発見が無視されることにより、そうした「保守」の主張をもっともらしくみせることができているわけである。

(文責:能川 元一)

[i] 永井和、『日中戦争から世界戦争へ』(思文閣出版、2007年)の第五章「日中戦争と陸軍慰安所の創設」(「附 軍の後方施設としての軍慰安所」を含む)参照。なお第五章の初出は2000年であり、「見落とすのもやむを得ない」ような新しい研究成果とは到底言い難い。ほぼ同じ内容の論考が著者自身によってインターネットで公開されており、2007年以降は日本軍「慰安婦」問題に関心をもつインターネットユーザーの間では広く知られるようになっている。
[ii] アジア歴史資料センターでオンライン公開されている。リファレンスコードはC01001469500。
[iii] 歩兵第219連隊第7中隊の諸規定綴に含まれていたもので、アジア歴史資料センターではリファレンスコードC13010769700として公開されている。
[iv] 永井前掲書、427-428ページ。
[v] なお、いわゆる「スマラン事件」の裁判資料については河野談話の発表以前にすでにその存在と事件の内容が明らかとなっていた。
[vi] 河野談話発表以降に発掘された「慰安所」制度関連文書のリストが、『季刊 戦争責任研究』第83号(2014年冬季号)に「河野官房長官談話(1993年8月4日)後に発見された日本軍『慰安婦』関連公文書等資料」(第12回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議)として掲載されている。

2015年1月30日金曜日

熊谷奈緒子『慰安婦問題』についての補足:オーラルヒストリーとフェミニズムに関連して

                              
本稿は、読書会のまとめをうけた、斉藤正美による補足です。

1.  オーラルヒストリーという方法論について


 著者は、調査や研究の方法論を議論する際には、「現存する公文書のみが慰安婦制度の全体像を描けるとは考えることができない」(153)とし、それゆえに、「元慰安婦の証言」を重視する必要性を説く。さらに、公式に残された文書は、歴史学において「公文書の書き手ではなかった女性や人種、民族的に抑圧されていた人々の声によって問い直されている」とオーラルヒストリーの重要性を指摘する(153)[i]。確かに、「慰安婦」問題については、文献から歴史を調べて行こうとしても、敗戦時、文書資料が焼却されたりしてほとんど文書が残っていないことが多いことや、元「慰安婦」にされた人たちの声は公文書には載っていないために、「慰安婦」をはじめ関係者の語りが非常に重要であるという主張は、まったく正しい。
 しかしながら、その理念が本書では実践されているのかというと、どうもそうではない。その点を残念に思う。


 240頁ある本書の大半は、「慰安婦」をめぐって、今何が起きているか、という「慰安婦問題」を扱っている。オーラルヒストリーという方法を用いる意義は、著者自身、元「慰安婦」をはじめとする「抑圧されていた人々の声」(153)を表に出すことにあるという。だが、著者によれば、現在「慰安婦問題」の争点は、「強制連行があったか、なかったか」であるとし、よって「慰安婦」に「どこまで自由意志があったのか」が論点であると設定されている。本書は、被害回復を求めている元「慰安婦」女性の思いとはそもそも乖離が甚だしい。当然ながら、元「慰安婦」の語りは本書では、ほとんど活かされていない。

 具体的な「慰安婦」の募集方法や「慰安婦」に給料、行動の自由、束縛の程度などについて論じる箇所であっても、当事者女性の証言の引用は見られない。元「慰安婦」の証言が引用される箇所もないではないが、具体的な名前が書かれることはない。


 「アジア女性基金」についての50頁に及ぶ記述のほとんどを、被害者支援運動を批判する大沼保昭や政治家の書などに依拠している点でも、本書は、元「慰安婦」やその支援者の声を軽視する路線と言わざるを得ない[ii]。
 参考文献リストも同様に、女性国際戦犯法廷についての資料を若干載せているが、各国の元「慰安婦」当事者の声を拾ってきた数多くある書籍や、裁判資料、「元慰安婦」を支援する会のミニコミなど当事者の声が掲載されているものはごくわずかにとどまる。
 
  著者は、「特定の立場によらない、真の和解を目指して」(帯の文章)を掲げるが、実際には、著者が本書で誰の発言を引用し、文献として参照しているかをみれば、「一次史料に当たらず、当事者や支援団体の声を尊重しない」という「特定の立場」に依拠しているように見える。


 「抑圧された人々の声」を活かす考えだという本書が、「慰安婦」の声を軽視しているのは、至極残念である。次には、オーラル・ヒストリーを活かすという理念を最大限に貫く意欲的な著作を期待したい。


2.  フェミニズムの成果の簒奪に見える
 本書のねらいは、「民族主義、ポストコロニアリズムとフェミニズムの三つを重ね合わせる多面的な理解の必要性を訴え、冷静な議論のための視点を提供する」(カバー見返し)にあるという。だが、具体的に「慰安婦」問題を論ずる記述を見ると、著者がどのようなフェミニズムに依って立っているのか、わからなくなる。
 例えば、「慰安婦は兵士よりもよっぽど稼いでいたという指摘もある」や「問題は募集において、日本軍が直接関わった『強制連行』があったか否か、また管理においてどれほど強制的であったか否か、である」という著者の主張は、フェミニズムの主張というより、産経新聞や読売新聞(さらに言うなら、多くの保守派)の主張に添ったものである。
 本書では、被害者女性や被害者を支えてきた支援者団体などフェミニズム視点からすれば真っ先に挙げてしかるべき運動の当事者や支援団体の声が軽視されている[iv]。日本国内の女性運動については、女性運動の主だった担い手に全く言及しないのが特色である。被害者支援団体は、「すべての元慰安婦の声を汲みとれていたとはいえない」「支援者団体も被害者の声の多様性を十分に反映できるような環境と政策を準備すべきであった」という批判対象として登場する。
 女性国際戦犯法廷を評価する箇所でも、パトリシア・セラーズなど検事や判事、貞玉など海外の関係女性の名前を入れるにもかかわらず、法廷を実現させるのに最大の貢献者の一人であった松井やよりの名は一切入れないという徹底ぶりである[v]。これが一体女性の権利を擁護する「フェミニズム」なのであろうか。
 第四章「アジア女性基金は道義的責任を果たしたのか」においても、そのスタンスは変わらない。被害者の支援者団体の見解は否定的にしかとりあげず、「女性のためのアジア平和国民基金(略称:アジア女性基金)」の呼びかけ人で理事であり、韓国および日本の支援団体を強く非難する大沼保昭氏の主張に添った形で、その顛末をまとめている[vi]。
 だが、著者も参考文献にあげている鈴木裕子は、アジア女性基金が「国家補償はできない」との加害国日本の都合でつくられた日本政府のための法律で、それを承知で被害者側にのませようとするところに誤りと無理があった」とする。実際「なりふり構わぬ暴力的な受け取らせ工作」が横行し、「被害者や支援者に深い亀裂・分断・不信・葛藤を生じさせ、いまもそのトラウマに苦しむ人も多い」と述べられている(鈴木2002:277)。著者は、こうした女性運動の語りや文献を引用することは全くない[vii]。
 第五章「性暴力問題のパラダイム転換——動議とフェミニズムによる挑戦」では、フェミニズムによる挑戦というタイトルとは裏腹に、被害者支援運動については否定的な記述が顕著であった。
 国際的なジェンダー正義を求める動きを一般論として紹介する一方、国際的なジェンダー正義として求められている、責任者の処罰や真相究明・事実確認、謝罪・賠償、歴史教育・人権教育などについては、まったく触れていない。単に、韓国が日本に「誠意ある謝罪」を求めるといった、日韓問題であるかのような扱いにとどめている。
 
 先に述べたように、「元慰安婦の証言・体験を人種・国籍・性別を問わずより多くの人がまず知るべきである」(227)というにもかかわらず、具体的な証言や証言をした人の名をほとんど示していない。よく知られているように、当事者の語りを重視する立場こそがフェミニズムの依って立つところである。こうした点から、本書はフェミニズムを簒奪していることになると思った。次なる著作では、著者が理念としてもつフェミニズムを実践的にも活かしたものとなることを強く願うものである。

(文責:斉藤正美)

 参考文献
・鈴木裕子2002『天皇制・「慰安婦」・フェミニズム』インパクト出版会
・鈴木裕子2013「『国民基金』と反対運動の歴史的経緯」『「慰安婦」バッシングを超えて』大月書店、107−124
・金富子2013「『国民基金』の失敗ー日本政府の法的責任と植民地主義」『「慰安婦」バッシングを超えて』大月書店、68−85
・尹美香2013「韓国挺対協運動と被害女性」『「慰安婦」バッシングを超えて』大月書店、86−106
・梁澄子2013「慰安婦問題の解決に何が必要かー被害者の声から考える」『「慰安婦」バッシングを超えて』大月書店、183−197
貞玉2003「『女性国際戦犯法廷』を共に創って」『女たちの21世紀』34号:39−41、2003年5月




[i] 「オーラルヒストリーは重要であるという指摘も近年とくにある」の根拠が、雑誌『世界』の別テーマの記事(坂本・池1999)である。

[ii] さらに、「元慰安婦の支援団体」の「声は戦後補償裁判を準備・開始し、国家補償を声高に求めるよく組織されたグループのものであった」という記述も見られるが、「よく組織されたグループ」とは何を含意しているのだろうか。

[iii]著者は、また、中西・上野(2003)を引きつつ、専門家や知識のあるエリートのパターナリズム(温情的庇護主義)に代わり、いわゆる社会的弱者の「当事者主権」という考えが、「慰安婦問題取り組みに携わるすべての関係者に必要とされる」(158)とも論じている。

[iv] 参考文献を参照されたい。

[v]法廷を企画し、それを実行するまで血のにじむ思いで取り組んだ松井やより氏をはじめとする「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)のことは、一九九八年に「第五回「慰安婦」問題アジア連帯会議で提案し、参加NGOや被害各国から熱心に支持された。このことが女性国際戦犯法廷の出発点となった」と単なる提案団体であるかのような扱いにとどめているが、この法廷は松井やよりの発案であり、彼女の類い希な情熱とエネルギーなしに実現不可能な事業であった。たとえば、そのことについて、法廷を創ってきた人として著者も唯一個人名を挙げている貞玉は、「『女性国際戦犯法廷』は彼女(松井やより)のアイディアで、それはある朝、電球に光がパッとつくように頭の中にひらめいたのだ」(尹2003:39)と別のところで述べており、法廷が松井やよりの力に追うところが大きいことを証言している。

[vi]鈴木(2013)には、支援者団体の側に立った別の歴史的経緯が描かれているので参照されたい。

[vii] さらに、挺対協がおこなってきた、被害者同士の共感活動を通じた治癒活動や経済的支援などの被害者支援運動については、尹(2013)に詳しい。

2015年1月27日火曜日

熊谷奈緒子『慰安婦問題』 読書会まとめ


2014年11月10日に、研究者、ジャーナリスト、元「慰安婦」の方々の支援に関わってきた人たちらが集まり、熊谷奈緒子『慰安婦問題』(ちくま新書 2014)の読書会を行った。この本は2014年6月に出版された。新書なので手にとりやすく、 また、朝日新聞の「検証」記事が8月に出たため、結果として絶妙のタイミングで出版されたこともあり、書店では平積みされており、影響力がありそうなことから第一回読書会のテーマとして本書を選択した。

以下、読書会での議論の内容を紹介する。


「客観的」で「特定の立場によらない」議論とは?
 著者の熊谷は、「慰安婦問題を、主観的かつ表層的、一面的に捉えることなく、客観的かつ多面的に理解することの必要性を訴えたい」(22)と述べ、自らの立場は客観的であると主張している。また、この本の帯には「特定の立場によらない、真の和解を目指してー冷静な議論のためにいま何が必要か?」とも書かれている。読書会参加者からも、この問題についてよく知らない人が読んだら、「中立的でよくできている本」という印象を持ってしまうかもしれないという発言が相次いだ。実際にそういう感想をまわりの人たちから聞いた参加者も複数いた。だが、著者は本当に「客観的かつ多面的」に、「特定の立場によらない」「冷静な議論」を行っているのだろうか?
 まず、 書籍の全体的な構成のバランスが悪い。日本軍「慰安婦」制度については、第一章で簡単に扱われているのに対し、他国の制度について細かく述べる第二章は長い。さらに、アジア女性基金に関する章が非常に長いという構成から、本書が何に力点をおいているかがよくわかる。


 さらに、言葉の使い方からも筆者の立場性が見えてくる。例えば、「慰安婦」「自虐的」「反日的」などの言葉を、鍵括弧をつけずにそのまま使っている。そして、著者は「性奴隷」の概念を全面的に否定・批判している。この著者によれば「性奴隷」概念は、「非常に狭い概念しか扱っておらず、こうした戦場の性的暴力の構造上の問題を捉えることができない」(33)とされているが、それはなぜかについての説得的な解説もない。


 また、和解に関しては、「被害者側の許しと努力も必要となる」という朴裕河らと共通する路線を打ち出し、「昨今の韓国や在米韓国人の動向は、信頼関係の構築や慰安婦問題の最終的な解決をより難しくしている」(13)という。日本政府は「法の支配を貫く」(20)とされ、冷静な日本と、そうではない韓国、という図式が打ち出されている。

 第二章では、海外の事例を分析しているが、そこからは「日本だけが特殊ではなかった」という著者の主張が見える。そして、事実認定のための要求水準が日本軍「慰安所」制度と、他国軍の対応する制度とで全然違っている。例えばドイツについては「すべて警察の管理下におき」といった強い表現を使い、ドイツは組織的、日本は組織的ではないという印象をつくっている。

 そもそも「慰安婦」問題に関して、中立的な立場をとると主張することはいったい何を意味しているのか?現状、および力が強い側の立場を肯定するだけではないかというより根本的な問題もあるが、この課題については今後の読書会でも議論をすすめていく予定である。


文献引用の問題や断定的表現
 本書は全体的に、いろいろな人たちによる言説を寄せ集めた構成になっており、一次資料に基づく独自の文献調査や聞き取り調査に基づいたものではない。だれの意見をどのようにかいつまんで主張の基底ラインをつくっているのかについて議論となった。


 例えば、第二章のドイツ軍の軍管理売春への姿勢に関する箇所(60—62)では、ザイトラーを秦郁彦が引用したものをずっと孫引きしている。ザイトラーの著作は、70年代に書かれたものであり、その後研究は相当進んでいるはずだと思われるが、そうした新しい研究は参照されずに、秦に全面的に依拠している。


 著者はアメリカの大学院出身にもかかわらず、引用された英語文献は少なく、すでに日本語訳されている文献や、1960年代などの古い文献などがほとんどだ。英語で出版されている、最新の「慰安婦」問題に関する書籍や論文をおさえているとは言いがたい。


 さらには、事実関係で断定できないと思われることに関して、断定している箇所が目立つ。例えば、日本人慰安婦の沈黙が示すものとして、「日本人慰安婦が名乗り出ていないもう一つの理由として考えられるのが、植民地支配国そして軍事的侵略国の女性としての負い目である。」(43)と言うが、名乗り出ていないのであれば誰も証言を聞いていないのだろうに、断定している。「RAA下の売春婦は四〇〇〇万の大和撫子の純潔を守るための防波堤となり、占領下の秩序維持に貢献する存在とされた」(44)の箇所も、誰により「された」のかが書かれておらず、著者自身の認識のように見え、問題だろう。


 さらに、初歩的な間違いも指摘された。例えば「日本軍や官憲が「慰安婦」を強制連行したとする公式文書はない」(36)と著者は書くが、歴史家なら「内地や植民地についてはそのような公式文書は見つかってない」と書くだろう。さらに、サンフランシスコ講和条約に関して、「旧連合国のみとの講和」とする箇所は 初歩的な間違いである。こうしたミスや穴が随所に見られる本であり、研究者として研究し尽くして書いたという印象ではない。編集や校正にも疑問符がつく。
フェミニズムの視点なのか?
 
 本書は、フェミニズム論者を引用しつつ、ジェンダー視点を取り入れた「慰安婦」問題の理解を目指すものだと打ち出している。だが本当にそうなのか?


 著者のいう「フェミニズム」の意味が不明な箇所は多い。例えば「一九七〇年代のフェミニズムを経て、今日の日本における売春の意味はかなりリベラルになっている……肉体の解放を経た後での、選択としての現代の売春は、戦前戦中の貧困ゆえの売春とはやはり違う」(38)という箇所では、「一九七〇年代のフェミニズム」も「リベラル」の意味も不明だ。「20世紀のフェミニズムについては、いわゆる「婦人問題を扱ったに過ぎず…」(46)も、「20世紀のフェミニズム」が誰のどういう主張なのかわからない。さらに、著者は「韓国やフィリピンでは、このフェミニスト的視点は広まらず、ナショナリズム的視点に覆われた」(224)と主張し、両国ではフェミニズムの貢献はないものかのような扱いである。


  また、「慰安婦にどこまで自由意思があったのか」(30)という問いを著者は立てており、「自由意思」という言葉を本書中で多数使っているのが非常に気になるという参加者は多かった。「自由意思」があったから、強制性はなかった、というイメージ操作になってはいないか、という指摘もあった。だが、「各国の慰安所で働いていた女性にどこまで自由意思があったのかについては、さらなる研究が必要となる」(80)と、肝心な被害者自身の声が必要なところについては、「さらなる研究」で誤摩化されてしまっている。


  熊谷氏の書き方が、一方ではこういう意見もあるが、こういう意見も、というスタイルをとっているところが多く、微妙なところについては「引き続き観察・研究が必要」といって終える。この人自身のフェミニストとしての立場が見えづらく、どのような立場の人が読んでも都合よく解釈できてしまうように見える。
アジア女性基金の理解
  第四章を中心とした「女性のためのアジア平和国民基金(略称:アジア女性基金)」についての論考が 最も問題含みであるとして、議論となった。 ここで著者は、ほぼ大沼保昭に依拠しており、アジア女性基金を高く評価し、支持する側にたった論考を展開している。


 著者の議論の前提は、日本政府は粛々と法に乗っ取ってきたのだが、法と道義のバランスを目指したアジア女性基金は失敗してしまった。その失敗は、元「慰安婦」支援団体、とくに韓国の支援団体のせいであるというものである。大沼保昭の「新しい公」という概念を参照しつつ、アジア女性基金は頑張ったにもかかわらず理解を得られなかったというストーリーを書き、基金が意義のある試みであったと印象づけている。そして、アジア女性基金の意義を継いでそれにかわるものを模索していくべきだと主張する。


  この著者の一連の議論では、「慰安婦」問題は国家間の政治、そして論争として見られており、被害者はまったく置き去りにされている。だが、そうした本書が「中立」なものとして受け入れられがちな現状があり、それこそが問題だという議論が行われた。


 著者の言う「当事者主権」はすなわち「支援者にも誰にも臆せずに主張できるということ」(158)のようであり、いかにも支援者に臆したから主張できなかったという印象を与えている。だが、著者自身が元「慰安婦」女性に聞き取りを行った形跡はみられず、彼女たちのすでにある証言さえも本書でほとんど参照していない。


こうした記述について、とくに元「慰安婦」支援に関わってきた人たちから問題が指摘された。支援運動側に被害者らが従ったと思われているようだが、現実は違う。韓国だけではなくて、台湾やフィリピン、オランダなどでも、被害者たちの間での論争もあったが、それが伝えられていない。著者に差別的視点があるから、元「慰安婦」のおばあさんたちはわからないに違いない、と見下してしまっているのではないか。当事者たちの声や、主体性がまったくないことのように描かれているのは大きな問題であろう。
 
右派の動きの過小評価
 本書においては一貫して、日本の右派の動きを過小評価している点が多く見受けられると指摘があった。例えば、「日本の名誉を守ることを目的とする保守の議論は、慰安婦問題においては「国家の意思による強制連行の有無」に自然と集中した」(138)とあるが、これを「自然」とすることは、著者の立場性の表れだろう。


本書の基金の元「慰安婦」への手紙の方針と内容について議論している箇所で無視されているのは、例えば手紙の英訳で "My personal feeling" と「パーソナル」という単語をいれたことの背景に日本の右派のどのような巻き返しがあったかである。右派は徹底して国家補償を拒絶することにこだわっていたのだが、そういった右派の動きを落として問題の矮小化をはかっている。


終章でも日本の修正主義の動きについて、「河野談話批判の論調」(211)という表現ですませ矮小化するなど、著者の歴史修正主義や右派の動きに関する言及、分析、批判はきわめて弱い。
「真の和解」とは?


 「真の和解に向けて」という終章の扉には、「女たちの戦争と平和資料館(wam)の、そして、その前章の第五章の扉には、女性国際戦犯法廷の写真が使われているが、どちらも共同通信社提供の写真である。著者自らの撮影ではないことからも、女性国際戦犯法廷も、wamも、著者自らが取材をしたわけではないことが想定される。(実際、wamは熊谷氏からの取材を受けたことはないという。)だが、こうした写真を扉に使うことで、著者は女性国際戦犯法廷やwamの立場に立っていると読者に思わせる効果を発揮してしまっているかもしれない。


 だが、終章においても、著者は「日韓双方に問題があると考えている」(211)としつつ、 韓国に多くのスペースを割き、批判している。韓国は歴史的に大国に翻弄されてきたから、大国を責め続けることでアイデンティティ形成をはかっている(211)と主張すると同時に、「韓国政府や韓国社会のいわば反日運動とも受け取れる最近の攻勢の背景」は「日韓の国力のバランスの変化がもたらした韓国の自信」(217)であると異なる説明がなされ、分析に一貫性がない。


 さらに、韓国側の活動の問題として、2007年の米国下院での決議や、米国での「慰安婦」記念碑や少女像建設の動きを、「反日」の動きとして批判的にとりあげている。これに対して「日本はもとよりアメリカの日系団体からも抗議があった」とし、在米日本人が中心の運動をあたかも「日系アメリカ人」の運動と誤解を招く表現で記述。ここでの著者の主張は、まさに右派の論調そのものである。


 「あとがき」において、著者は「私は常に慰安婦問題を、観念論に終わらせず、元慰安婦のエピソードのみにも終わらせないことを自らの課題とし続けてきた」(228)と述べている。しかし、著者がいつ頃から、どのように「慰安婦」問題に取り組んできたのか、本書に先行する「慰安婦」問題についての業績の有無も、本書では明らかにはされてない。そして、本書は、「元慰安婦のエピソードのみに終わらせない」と言いつつ、元「慰安婦」たちの証言はほぼ参照していない。著者のオーラルヒストリーや女性の人権の重要視などの主張と、この本の実態には大きなズレがある。何より、被害回復を望む当事者の思いを全く考慮に入れていないことが最大の問題だろう。


 謝辞で名前が挙げられているのが、朝日新聞の第三者委員会のメンバーでもあった、国際大学長の北岡伸一氏である。第三者委員会の報告書などもあわせて、考察する必要を確認した。

(まとめ:山口智美)

*今後、主要な論点について、より詳細な書評を連載形式で投稿していく。